ナマケモノの日々


by adisesaworks

できないアーサナほどいとおしい

そのときどきに、自分の中で、こわいアーサナっていうのがあるのね。
あるときは、プラサリータ・パドッタナ・アーサナだったり、
あるときは、ウッティタハスタパダングシュタ・アーサナだったり、
またあるときは、アルダバッタパドモッタナ・アーサナだったり、
もちろん、ドロップバックは、ず~っとず~っとこわくて、今でもこわいアーサナにはかわりないんだけど。

最初のころは、「いやだなあ。」、と、無意識にサッサとやりすごしちゃったりして。
それから手をかえ品をかえ、筋肉やら骨格やらアライメントやらのフィジカルな面からのとりくみをしてみたり。
それから呼吸とプラーナの動きを意識して操作してみたり。
そのうちに、「こわいなあ、こわいなあ、ああ、かなりこわいなあ、観察してもやっぱりこわいものはこわいなあ。」とこわいのをしみじみ味わいながら、アーサナをするようになったりして。
そのうちに、「あ、なんでこんなにできるようになろうと思って、あわててたわけ自分?ゆっくりじっくり感じながらやればいいじゃん。ある程度身体にまかせてみようか。」とか思うようになるわけ。
そんなふうになってくると、逆に、いい感じにできるようになっちゃったりするの。で、そのころには、どこにどの筋肉がくっついていてのびてちぢんでいたのか、なんてことも実感としてわかるようになるのね。

できないアーサナほど、呼吸、バンダ、力の抜き加減、重心、緊張しているところ、などなど、身体の中に意識が向いていていないとむずかしいのね。いろいろ同時に自然と意識する!でも集中!みたいな。特に呼吸とバンダ。結局基本にもどってきちゃう。

うまくできますように、とか、ほかのよけいなことをちょっとでも考えると、できなくなっちゃうから、「いま・ここ」にいるしかなくなっちゃうのね。で、アーサナはつくづく瞑想なんだなあ、と。

できないアーサナ、こわいアーサナほど、学ぶことが多かったなあ、と実感してるわけ。

ああ、なんだかとりとめないけれど、やっぱりプラクティスが一番だわ。
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by adisesaworks | 2007-11-29 11:06 | ヨガ